KEY OF LIFE

お茶好き・さわが日々心に留まったことを綴ります

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意味のあること

夕べ、ぶいさん関連のネタが纏め切れない;;;と書いたのですが、
今日またひとつ増えた;;;
あっ!と思った時に、脳内で組み立てた文章がそのままnetに反映出来れば良いのに、、、

ともあれ、今回は 昨日の「予定」にも少し被る話を。。。



先ほどの、トニラジオ「次世代」の続き

虫怖い坂本くんに、
「でも、虫(の存在)も意味あることですからね」と言う
イノッチと長野君
話は、長野君の舞台「りんご」に絡み、
長野君がそのモデルとなった木村さんの農園に出かけた時の話に。。

木村さんの農園では、最初の頃こそ虫もたくさん出たそうなのですが
「あの人、雑草さえ抜かないもんね」
という事にも象徴されるように、
なるべく自然の状態に保つように努力されているそう
それはなぜかというと、
虫や雑菌が繁殖するのは、分解すべきものがそこにあるからで
その対象がなくなれば、自然とその場所から虫や雑菌はなくなるのだ、という話

な~~~るほど!
目からウロコ!ですね~*

「確かに、自然のままの森とかって、あまり虫とか見ないね」なんて
盛り上がって。。そしたら、

「ん?そしたら、都会は虫だらけってこと?」

なんて声も聞こえてましたが(笑

「だから、虫もね、(居るのには)意味がある、ってことですよ」

そこから話はまたナウシカとかに行って、
「どうする?あんな大きな昆虫が空飛んでたら?」とかなってましたが(笑

ここでちょっと私の妄想。。。というか、思索(?)



それぞれの虫にも存在理由がある、ということについて


たまたま、今朝の中日新聞文化面に、

『 アニミズム復興 ”聖なる自然”を礼賛 』

という、正木 晃氏の文章が載っていたのを読んだのと
この話が繋がってしまったのでした

この記事は、まだ「上」ということなので、論旨がどう展開するか分からない
というのも鑑み、内容を詳しく書くのは控えますが(機会あればまた)

要するに、アニミズムというものは、人間の精神的な営みとしては
原始的で、その後出現する様々な宗教が一神教へと変化していくのが
高尚な精神的成長とされてきた過去が見直され始めた、というもの

その象徴的なものが、映画「アバター」
自然の中に、聖なるものの存在を見出そうとする、その監督の意図は、
一神教であるキリスト教界に不興を買っているのだそう
何故かと言うと、神が生み出した人間こそは、世界を支配するという
一神教の教義に反するから

正木氏は、
「その結果がこんにちの環境破壊を引き起こしたと監督ならずとも批判したくなる」

と書いている
(ただし、「そのアニミズムも良いとこばかりではない」と、下に繋いでいる)



日本古来のアニミズム的感覚は、今も多くの日本人に残っているだろう
お月見だってその精神が色濃い
神社で大木を見れば、自然と心が洗われるように しん となったりする
「見えないけど、おる」
という感覚

自然のひとつひとつの命に、ものに、存在を認める感覚


虫は、私も嫌いなものだった
今も基本はそうなのだけど。。。
やはり、庭作りをはじめて、少し変わった
虫が花粉を運んでくれなければ実を結ばない植物たち
たくさんの実を結んだ花や野菜は何よりの喜びであることに気づく時
「ま、少しくらい良いよ」と、毛虫や土中の幼虫を見逃したり。。。
みみずを見れば、「ありがとーーー!」と思うようになったり

去年、『ハチはなぜ大量死したのか』を読んで考えさせられた諸々

人は、もっと「土」を知った方が良いんじゃないか、と思うようになった
若い頃は汚れることが嫌いで「ダサイ」ことと思ってた世界

それぞれの存在が、ちゃんと受け入れられるということ
もしかしたら、今、一番に必要なのはこの感覚なのかもしれない
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[ 2010/09/26 00:24 ] V6 | TB(-) | CM(-)


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