KEY OF LIFE

お茶好き・さわが日々心に留まったことを綴ります

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宿題ってわけじゃないけれど。。。『さよなら渓谷』 『悪人』

夏休みの宿題の最難関である感想文よろしく、2冊の本を焦るように読みきってぼぉーっとしています。
なんというか。。。感情の上ではぐるぐる色々な嵐が吹いているのに、それは文字通り私の中での嵐で、他の人に伝える言葉を持たない。。。というのか、自分の言葉が拙すぎるし、言葉にした途端にそれは嘘になりそうな思いというか。。。
むぅー;;;
小学校の時に書いた感想文よりも支離滅裂なことを書いてるなorz

ともかく。
久々に読んだ「本」は、吉田修一さんの『さよなら渓谷』でした。

お盆休みに久々に覗いた市立図書館のHPから、気になっていた本を予約しました。
(他に『荒野』『心臓に毛が生えている理由』を予約)
その予約順の関係で、まずは『さよなら渓谷』が届き、同じく吉田さんの『悪人』を読む。。。という順番になったのです。
とりあえずご紹介すると、『悪人』が2007年4月の出版(同年1月まで朝日新聞夕刊連載)で、大佛次郎賞・毎日出版文化賞を受賞、『さよなら渓谷』が約1年後の2008年5月出版(週刊新潮連載)です。
要するに、たまたまなのですが、私はその出版順の逆を一気に読んだというか。。。
もしかすると、この順番は私の中のイメージと言うのか、読後感に結構影響を与えているんじゃないかと思うくらいの重みがあるのです。

   < *以下、ネタバレ有 >

両方とも犯罪に絡んで人の業を描き出しているのは同じ。
これまでの吉田さんの作品も、人の暗部を描いているものが多かったわけだけれど、
この2冊はその「罪」は白日の下に曝け出されて、結果も出ている(警察の介入だったり既に裁判も終わっていたり)その後の「人」を描いているのが新しいのかな。
特に『悪人』では、実際に起こった殺人事件の当事者のみならず、家族や関わった者の「ひとの気持ちの匂い」までも描き出して重厚。

なのに。。。
私には『さよなら渓谷』に描かれた捩れた愛により惹かれる思いが強いのだ。
2冊とも読み終わって、netでちらちらレビューを読んだけれど、さよなら。。。の方はどうも二番煎じの感は否めないようだし、
設定も少し安易な気もしなくもない。。。それでも。
私はこの二人に幸せになってほしい。。。二人で。
世間的にどんなにおかしく思われようと、当の二人に埋められない溝が横たわっているにせよ。
読んでいる途中で。。。どこだったか。。。半分行くか行かないかの頃、もしかしたらこの平凡な若夫婦。。。俊介とかなこは、その「忌まわしい事件」の加害者と被害者なのじゃないか、とショックを受けた私だったのだけれど、すぐにそれは、「逆に」そうであって欲しいという祈りのような気持ちにもなってしまったのだった。
普通だったら。。。自分だったらきっと受け入れられないと頭では思いながら、片隅で「だからこそ」上手く行って欲しい。。。と思う不思議。
結末の「さよなら」が哀しくて辛いけれど、「きっと探し出す」という俊介の言葉にほっとする。
集団レ○プなんていうおぞましい事件であるはずなのに、何故か世間では加害者の「男」はどこか許され、被害者であるはずの「女」はどこまでもその事件が影を落として行くその不条理に腸をえぐられるような不快感を覚えるのに、当事者たちが一緒に暮らしている。。。暮らしていこうとしていることに、私は快哉を叫ぶのだ。
過去は過去として。今、二人がそうして幸せになれるのなら、それのどこがおかしいのか。

「私が死んだら、私はあなたを許したことになる」
「どこまでも不幸になるためだけに、私たちは一緒にいなくちゃいけない」

哀しいかなこの言葉が胸を打つ。
幸せになってもいいのに。ふたりで。


吉田さん自身、「『悪人』でようやく代表作と言えるものが書けた」と仰っているわけですが。。。
私には『さよなら渓谷』の方が響きました。

でも、それって読んだ順番(『さよなら渓谷』→『悪人』)なのだろうか???
よく分からないけれど。。。
たぶん。。。出版順に読んでも変わらない思いはあったろうと思うのです。
そして、それは私が「女」だからかもしれません。それも「業」に繋がる部分でもあり。
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[ 2008/08/26 21:01 ] 本棚 | TB(-) | CM(-)


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